名取、遠野、気仙沼…漢字の当て字に隠されたアイヌ語本来の意味。東北の地名は、かつて蝦夷が暮らした古代の姿を語る。
日向(宮崎)から東征し、大和(奈良)で初代天皇として即位。長髄彦との戦いや八咫烏の導きなど、神話と歴史の境界に立つ建国の祖。
神武東征以前に「天磐船」で大和に降臨していたとされる神。物部氏の祖神であり、長髄彦を従えていた古代の王権の象徴。
製塩技術と航海術を持つ海洋技術者集団の記憶が神格化された存在。藻塩焼神事は今も続く。
身重の体で三韓征伐を指揮した伝説の女帝。応神天皇の母。
文武の神「八幡神」として崇敬される第15代天皇。渡来人を受け入れ、国力を飛躍させた革新者。
当麻蹴速との相撲対決に勝利し、相撲の神様とされる。また殉死の風習に代わって埴輪を提案したことでも知られる土師氏の祖。
5代の天皇に仕え300年生きた伝説の忠臣。絶対的な忠誠と危機管理能力でヤマト王権を支えた。
日本武尊に討たれた「鬼」こと古代豪族・阿久留王。関東最古の寺・神野寺に眠る彼の正体は、製鉄技術を持つ部族の長だった。
「陰と陽」の2極と「木火土金水」の5要素で宇宙のすべてを説明する古代の万物理論。陰陽師が操った「世界のOS」。
冠位十二階に五行思想を組み込み、十七条憲法で「和」を定義。日本人の1400年続くマインドセットを設計した。
古代ヤマト王権における軍事・祭祀を担当した有力豪族。仏教受容を巡って蘇我氏と対立し、丁未の乱で滅亡した。
壬申の乱を星の導きで勝ち抜き、陰陽寮を設立。「日本」と「天皇」を作った古代最強のプレイヤー。
大和朝廷から「まつろわぬ民」と呼ばれ、38年間戦い抜いた東北の先住民族。彼らの騎馬弓術が武士の原型となった。
光仁天皇の皇后でありながら、夫への呪詛の疑いで廃后・幽閉された悲劇の女性。その死後の祟りは御霊信仰の原点となった。
「清水の舞台」で知られる京都の象徴。坂上田村麻呂が開き、1200年の信仰を集める聖地。
朝廷に帰順するも差別と屈辱に耐えかね、国府・多賀城を焼き討ちにした俘囚。「宝亀の乱」を引き起こし、38年戦争の口火を切った。
5万の朝廷軍を800の騎馬隊で殲滅した蝦夷の英雄。彼の戦術と刀は、後の「武士」の原型となった。
平安京への遷都と坂上田村麻呂による蝦夷征伐という、二大国家プロジェクトを断行。強力なリーダーシップで律令国家を再建した。
平安時代の学者・政治家。藤原氏の陰謀により大宰府へ左遷され、不遇の死を遂げた後、怨霊として恐れられ、やがて学問の神となった。
天文観測と陰陽道で平安京を守護した「最強の国家公務員」。式神を使役し、日食を予測した大器晩成の天才。
安倍晴明の師匠であり、陰陽道を体系化した人物。幼い晴明の才能(百鬼夜行を見る目)を見抜き、彼を一流の陰陽師へと育て上げた。
安倍晴明の永遠のライバルにして、民間陰陽師の実力者。「ドーマン」の呪符に名を残す、反骨のダークヒーロー。
藤原道長の全盛期を象徴する幼き天皇。その治世下で関東の大乱「平忠常の乱」が勃発した。
巨岩の上にそびえる日本唯一の「四方懸造」観音堂。最澄が開いた聖地と黒招き猫の伝説。
安倍氏の血を引く蝦夷の子孫が中尊寺金色堂を建て、「東夷の遠酋」と名乗った。差別用語を逆手に取った勝利宣言。
八幡太郎義家の三男。浅間山大噴火で荒廃した北関東・両毛地域を開拓し、足利氏と新田氏という二大武家名門の祖となった。
新田義貞の力の源泉。浅間山噴火後の荒野を開拓し、400年にわたり一族を支えた巨大荘園。
源義国の長男で、新田荘を立券して新田氏の祖となる。浅間山噴火後の荒地を再開発し、広大な所領を築いた。
武士として初めて太政大臣となり、日宋貿易を推進。「平氏にあらずんば人にあらず」と言われるほどの栄華を極めた。
源頼朝の義兄弟として足利氏を幕府ナンバー2に押し上げた策士。鑁阿寺・足利学校を創設。
宮城県内に点在する平家ゆかりの地を結ぶと、散り散りになった家族の絆が浮かび上がる。
平重盛の重臣。平家滅亡後、主君から託された阿弥陀如来像を守り抜き、仙台・定義山の地に定義如来(西方寺)を開いた。
常陸国伊佐郡から奥州合戦に参加し、頼朝から伊達郡を拝領。伊達家の名を興し、東北に根を下ろした初代当主。
源頼朝が奥州藤原氏を滅ぼした戦い。これにより東北地方は鎌倉幕府の支配下に組み込まれ、多くの関東武士が移住した。
下野国宇都宮氏の当主で「坂東一の弓取り」と呼ばれた。かつて命を救われた平家人への恩義を貫き、源頼朝に助命を嘆願した人情家。
鎌倉幕府を物理的に滅ぼした英雄。しかし足利尊氏との家格の差に苦しみ、悲劇的な最期を遂げた。
後醍醐天皇を裏切り室町幕府を開いた初代将軍。メンタル激弱なのになぜか最強。英雄と逆賊の顔を併せ持つ。
足利氏一門として奥州管領に任じられ、東北地方の統治を開始。後の大崎氏・最上氏の祖となり、北の地に足利の権威を植え付けた。
初代尊氏と3代義満の間に挟まれた「影の薄い」2代将軍。しかし室町幕府のシステムを完成させた実務家。
室町幕府の東国出張所として設置されるが、次第に京都の将軍家と対立。関東の独立を志向し、長い混乱の時代の火種となった。
くじ引きで選ばれた第6代将軍。「万人の恐怖」と呼ばれた独裁政治で幕府再建を図るも、暗殺される。
ザビエルが「坂東の大学」と称した日本最古の学校。戦国大名が軍師を求めたインテリジェンス・センター。
関東の王・鎌倉公方として君臨するも、将軍義教との対立で滅亡。東国の戦国時代を招いた悲劇の公方。
関東管領でありながら権力争いを嫌い、荒廃した足利学校を日本最高峰の学問所へ再興。主君との対立に苦悩した孤高のインテリ武将。
鎌倉公方・足利成氏が古河に移座して成立。関東における戦国時代の幕開けとなる「享徳の乱」を引き起こし、30年にわたり幕府と戦った。
応仁の乱の東軍総大将。京都を灰燼に帰しながらも、龍安寺石庭を造営するなど禅文化に深く帰依した冷徹なインテリ。
畠山氏・斯波氏の家督争いに将軍継嗣問題が絡んで勃発。京都を主戦場に11年間続き、戦国時代の幕開けとなった。
「赤入道」の異名をとる猛将。応仁の乱では西軍の総大将として細川勝元と対峙し、京都を戦火に包んだ。
小机城代として、現在の横浜エリアを統治。物流や情報を掌握し、北条氏康の関東支配を支えた重臣。
足利将軍家の血を引く名門として、横浜・蒔田城を拠点に勢力を誇る。北条氏からも主家扱いされる特別な存在だった。
市原城を守るために築かれた「兄弟城」。北条氏との激戦の最前線に残る、土木技術の結晶。
安倍晴明の31代当主。信長・秀吉・家康をパトロンにして陰陽道を復権させ、伊達政宗に仙台六芒星を授けた。
遅れてきた英雄。天下統一レースに間に合わなかった男の、もう一つの戦略。
天童氏を中心とする最上地方の強力な国人連合。鉄壁の結束を誇り「最上八楯」とも呼ばれたが、最上義光の調略により崩壊した。
天童八楯の一員として最上義光に対抗。その怪力と武勇で恐れられたが、後に義光に降伏。銀山温泉との関わりも深い。
小西行長が築いた織豊系城郭。関ヶ原で敗れ廃城となったキリシタン大名の拠点。
生涯57戦して無傷。家康も秀吉も認めた「戦国最強」の猛将と、彼が築いた大多喜城の物語。
伊達政宗の叔父でありながら、政宗と対立し、佐竹氏へと出奔。仙台一の繁華街「国分町」の名は、彼が治めた国分氏に由来する。
「出羽の麒麟」と呼ばれた名将。妹・義姫や甥・伊達政宗との複雑な関係の中で山形57万石の礎を築き、内政にも手腕を発揮した。
群雄割拠の北奥羽を、秀吉の権威を利用して統一。盛岡藩の礎を築いた政治巧者の生涯。
秀吉が北条氏を倒した戦いは、全国の大名に対する「踏み絵」でもあった。東北の運命を変えた天下統一の仕上げ。
「家康に過ぎたるもの」本多忠勝が初代藩主。里見氏監視の要衝であり、ドン・ロドリゴ一行を救助した国際交流の舞台。
『南総里見八犬伝』のモデルとなった安房里見氏、最後の当主。江戸湾を制した水軍の将と、その悲哀の物語。
豊臣秀吉の天下統一の総仕上げとなった戦い。九戸政実が5,000の兵で6万5千の豊臣軍に挑み、中世武士の意地を見せた。
慶長の役で加藤清正が籠城。この飢餓体験が熊本城の設計に影響を与えた。
関ヶ原で112万石→37万石へ。260年の怨念と吉田松陰の「草莽崛起」が化学反応を起こし、幕府を崩壊させた。
政宗の三男にして吉岡城主。34歳で早世し藩は消滅、『殿、利息でござる!』の遠因となった悲劇のプリンス。
関ヶ原の戦いと連動して東北で起きた最大規模の戦闘。最上義光・伊達政宗連合軍と上杉景勝・直江兼続軍が激突した「北の関ヶ原」。
会津征伐から始まった全国規模の連動劇。小山評定で家康は反転し、わずか半日で西軍は崩壊、徳川の世が始まった。
仙台城を中心に6つの神社を配置した巨大な六芒星結界。「鬼門封じ」のため15度傾けられた緻密な設計が特徴。
主君を7度変えた苦労人にして、戦国屈指の築城名人。関ヶ原の戦いでは東軍の勝利に貢献し、伊勢・津藩の藩祖となった。
宮城・岩手県境の加美町や気仙沼に伝わる虎舞。「雲は龍に従い、風は虎に従う」という易経の思想に基づく、火伏せ(防火)の祈り。
家光の異母弟として会津藩主となり、幕政を補佐して「明暦の大火」後の江戸復興を指揮。家訓を定め、会津松平家の礎を築いた。
家康・秀忠・家光の三代に仕えた初代大老。参勤交代・武家諸法度で260年の平和を設計した。
家光への殉死を祖とする内田家。乱心による左遷を経て1万石で明治まで存続した。
多くの浪人を集めて幕府転覆を企てた軍学者。「慶安の変(由井正雪の乱)」は未遂に終わるが、浪人対策の重要性を幕府に認識させた。
伊達騒動の渦中で幼くして藩主となる。後に塩竈神社を整備し「塩釜の恩人」と呼ばれた名君。
仙台藩62万石を揺るがした日本三大お家騒動。大老酒井忠清邸での刃傷事件により、伊達家は存亡の危機に立たされた。
富山県八尾に伝わる風神鎮めの祭り。三味線と胡弓の音色に合わせ、無言で踊り続ける幻想的な儀式。
破綻寸前の米沢藩を再建し、天明の大飢饉で餓死者ゼロを実現した名君。ケネディも尊敬した改革者。
3つの火山噴火が太陽を覆い、90万人が餓死。人肉食も記録された地獄と、餓死者ゼロの米沢藩を分けたものとは。
黒船来航に「意見公募政治」で臨んだ39歳の天才老中。近代化への扉を開くも、幕府崩壊の伏線を張った両刃の剣。
桑名藩「賊軍」出身でありながら陸軍大将に上り詰めた常勝将軍。黒溝台会戦で日本軍を救った明治最強の戦術家。
皇居前広場にあった佐倉藩上屋敷。老中・堀田正睦がハリスとの条約交渉を担った場所。
徳川家達の静岡移封に伴い、沼津から千葉へ「家ごと」引っ越した短命の藩。その苦難と流転の物語。
戊辰戦争時、奥羽越列藩同盟の盟主として擁立された皇族。「東武皇帝」とも呼ばれ、明治政府と対峙した幻の朝廷の中心人物。
民俗学者・柳田國男の『遠野物語』に登場するカッパ。その正体は、かつてこの地を支配し、敗れて山に逃げ込んだ安倍氏の残党かもしれない。
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